Carene DX Silver Chiesel 銀の可憐な万年筆──カレンDXシルバーチーゼル


カレンの立ち位置

ウォーターマン(Waterman)といえば、万年筆の本家本元。元々万年筆を生み出したのはエドソン・ウォーターマンというアメリカ人で、その彼が設立したのがウォーターマン社。つまりウォーターマン社は最古参の万年筆メーカーなわけですね。

今では老舗オーラを漂わせている、かの有名なパーカー(Parker)だって、元々はウォーターマンの後追い企業の1つに過ぎなかったのです。

つまり航空機製造会社で喩えるなら、ウォーターマン社【1883年設立】はライト社【1909年設立】みたいなもの。ウォーターマン目線で見ればパーカー【1888年設立】なんて、ぽっと出のカーチス社【1916年設立】みたいなものです。(世界広しといえど、万年筆会社を航空機製造会社で喩えるのは私くらいだろうという自信があります…)

…寄り道になりますが、この喩えを当てはめるなら、モンブラン1906年設立】はメッサーシュミット社【1926年設立】、並木製作所ならぬパイロット【1909年設立】は川西飛行機【1928年設立】とかでしょうか。

こうして見ると、万年筆と航空機はどちらも比較的近い時期に普及したことが分かりますね。万年筆から約20年遅れで航空機も普及していったと考えることが出来ます。

ウォーターマン社はアメリカ法人は倒産してしまい、現在認知されているのは当時の元フランス法人です。航空機の本家本元であるライト社も経営が上手くいかず、合併やら買収やらをされ、後のロッキード・マーティン社になりました。つまりこの喩えを続けるなら、現在のウォーターマン社はロッキード・マーティン社に当たるわけです。

…失礼致しました。本題に戻りましょう。ウォーターマン社の中でも、フラグシップはエクセプションというペンで、このカレンというペンはそれに次ぐ2番目に高級なモデルという位置付けとなります。

最大の特徴は、ひと目でカレンと判るその独特な見た目。指の爪の様な形の18Kニブ、斜めにカットされた尻軸、流線型のキャップ。明らかに他の万年筆とは違う異彩を放っています。

通常のモデルは真鍮をラッカー塗装した軸ですが、廃盤も含めるとこの軸部分は様々な素材のバリエーションがあります。私が所有するモデルは、カレンDXシルバーチーゼルというもので、胴軸とキャップが真鍮にシルバープレートを施され、ニッケルパラジウムコーティングされたものとなっています。更に波紋型?の模様が彫られており、これのことをチーゼルと呼ぶ様です。

この万年筆に関しては海外サイト含めネットで調べても中々情報が出て来ず、謎が多い…国内は更に流通量が少ないので、日本語の情報となるとショッピングサイトくらいしかありません。(詳しい方、是非色々と教えて下さい>⁠.⁠<)

 

見た目について

前述の通り、ここで取り上げるのはカレンの中でもカレンDXシルバーチーゼルというモデルです。通常のカレンとは大きく異なりますので、その点ご了承の上でご覧下さい。

先程「真鍮にシルバープレートを施され、ニッケルパラジウムコーティングされたもの」と表現しましたが、これは要するに真鍮銀張りニッケルパラジウムメッキです。銀張りは分かるのですが、ニッケルパラジウムメッキというのは他では見ないですね…調べてみたところ、金メッキの下地や電子部品などに使われるメッキだそうですが、今回何故この万年筆に使われているのかはよく分かりません。銀の硫化防止目的でしょうか?どうやら硬くて耐摩耗性に優れ、錆びずに見た目にも美しいので装飾品にも利用されている様です。銀の様に硫化もしませんしね。

クリップはシルバープレートのみとのこと。Wのウォーターマントレードマークが付いています。横から見ると中々に優雅な曲線美。軸の模様も相まって、ウォーターマン的エレガンスを感じます。

クリップの真ん中には縦長の穴が空いています。ウォーターマンはこのデザインを好むイメージがあります。耐久性には問題無いですし、オシャレで良いです。

天冠は新幹線の鼻みたいに丸みを帯びていて、バランス型に準ずる形状です。

キャップは胴軸と同じ素材です。ベースは真鍮ですので、キャップだけでも結構ずっしりと重たいです。嵌合式で、パチンと非常に小気味好く締まります。これは首軸上部に2ヵ所ある爪によるもので、安定性や気密性はしっかり確保されています。

キャップリングはかなり細くてシンプル。WATERMANの文字が彫られていますね。この裏には小さくFRANCEと刻まれています。別部品が嵌め込まれているわけではないので、軸と素材は同じと思われます。

リングが細いため、この文字も目視だと結構小さいです。そのため気付かなかったのですが、このWATERMANの文字の部分、写真をよく見るとコインのギザギザの様なものが刻まれています。(ブログのおかげで得られた気付きです)

胴軸はこの様に波の様な模様が彫られています。所々塗装が剥げてか錆びてか黒くなっていたりします。ここは銀無垢にして欲しかったところ。

個人的には、塗装とかメッキとかはいずれ剥げる運命にあるので好きではありません。万年筆はそれこそ何十年と使える道具ですから、古くなっても劣化しないことが重視されるべきというのが個人的意見です。

あともうひとつ、この塗装の問題点として、指紋が付きやすいというのがあります。鏡面仕上げ(?)みたいになっているので、大変指紋が目立つのです。その分、純銀よりもキラキラしていて綺麗ではあるのですが。

尻軸は丸みを帯びつつも斜めカットになっていて、真ん中には黒い樹脂が埋め込まれています。パーカーの万年筆だと、大抵こういうところにこっそり分かりづらく穴が空いていて子供の誤飲対策になっていたりするのですが、この万年筆の場合はそうではない様です。単なるデザインでしょうか。

胴軸と首軸の間のネジ溝にはゴムパッキンが付いていて、中々良い締め心地。胴軸と首軸の間は緩くなりやすいので、この部分のゴムパッキンは地味ながらかなり重要だと思っています。工作精度も高い様で、キイキイ言うこと無くスムーズに回ります。ウォーターマンさん、ナイス!

しかし問題は胴軸が薄いこと。外見的には全く関係ないですし、ペンの軽量化にも繋がるので必ずしも悪いことではないのですが、丈夫さという観点ではこの薄さは悪く働いてしまいます。金属製の軸は、薄いとぶつけた時に凹んでしまいますからね。特にキャップの歪みは致命的で、最悪締められなくなる可能性もあります。

ぶつけなければ良いだけの話なのですが、やはり万が一落としてしまった時などに安心感が違います。まあ、このモデルに限って言えば、銀張りのおかげか二重構造になっているので真鍮ラッカー塗装軸なんかに比べると丈夫だと思います。

ニブは縦方向が短めで、見るからに固そう。ロジウムメッキで、18K。金ペンですが、およそ柔らかさは感じられない真のガチニブです。

形状は独特ですが、その分装飾はシンプルで、ウォーターマンのマークの他には18K 750と彫られてあるだけ。ハート穴はありません。ウォーターマンはハート穴の無いニブが多いですね。

インレイニブらしく、字幅はニブではなく裏側の部分を見れば確認出来ます。(これ、古い万年筆だと擦れて見えなくなってしまうので厄介ですが…)その下には空気穴が空いています。

ペンポイントはかなり出っ張った形状です。後述しますが、ニブが短いことにより本来生じたであろう筆記角度の狭さという欠点はこの形状によりある程度補われています。同時に、この万年筆の固い書き味はこのペンポイント形状にも影響されていると思われます。こちらも後ほど詳しく説明します。

 

比べてみる

同じ18Kインレイニブで、銀軸といえばパイロットのシルバーン。同じ銀軸インレイニブ代表としてシェーファーのタルガ1010Xにも登場してもらいましょう。今回はこの2本と比べていきます。

上から順に、シルバーン、カレン、タルガ1010X。3本とも、銀色のインレイニブ万年筆という特徴があります。重量は上から34g、31g、27g。全長は14.3cm、14.5cm、13.6cm。胴軸径は1.3cm、1.2cm、1.1cm。

こうして比べてみると、カレンのキャップリングがかなり細いことが分かりますね。

キャップを取った状態でも、カレンがほんの少しだけシルバーンより長いです。

ニブは左から18K、18K、14K。シルバーンのニブが非常に大きくて迫力がありますね。カレンとタルガは小さめのニブながらも、それぞれこだわりのデザインでオシャレです。

 

実際に書いてみる

このカレンはFニブで、インクはウォーターマン純正のブルーブラックをインクカートリッジで差しています。

Fニブですが、ウォーターマンとしては比較的太め。(誤差レベルですが)

カレンはニブが固いのでガシガシと書き殴るのに向いています。向いているというか、必然的にそういう用途になってしまいます。重たく太くて小回りが効かないので、繊細な字を書くのにも向いていないのです。ニブもガチガチで、しなることもスリットが開くこともありませんので筆圧で字の太さが変わることはありません。

また、インレイニブ共通の欠点ですが、特にカレンはニブが縦に短いので、首軸を持つ方──この万年筆を使う殆どの方がそうだと思いますが──は持ち方によっては手で隠れてしまってペン先の視認性が悪くなります。特殊な持ち方をする人は要注意。

そしてもうひとつ。インレイニブなのにニブが短いことによる弊害がもうひとつあり、寝かせ気味に書くとペンポイントよりもニブの裏の部分の方が紙に近くなってしまいます。つまり、寝かせ過ぎると書けません。これは軸の後ろ側を持って書く方には致命的です。許容角度が狭いのです。(まあ、これが問題になるのは余程寝かせて書く方だけだと思います。一般的な筆記に於いては問題にならないレベルです)

これはニブが短いというよりかは、正確には首軸の黒いニブ裏の部分に対してニブの出ている長さが短過ぎるのが原因です。カレンのニブは、ペンポイントをぐいっと下に張り出すことによってこの点を補っていますが、もしペンポイントがこの様な形状でなかったとしたら、私も困ったことになっていたかもしれません。(筆記角度が狭くなるという問題はあらゆるインレイニブの万年筆に共通しますが…)

そしてカレンの書き味の固さは、少なからずこのペンポイント形状が影響している気がします。折角の18金ペンなのに、下手な鉄ペンよりも固いこの書き味…個人的には何だか勿体ない気がします。もう少しニブの穂先を伸ばして、ペンポイントの形状を変えるだけでもだいぶ柔らかくなるだろうに…

まあ、みんな違ってみんな良いってやつでしょうか。全ての万年筆のニブが柔らかかったら、それはそれで飽きそうですし。

それにウォーターマンの万年筆は総じて字幅が(海外万年筆としては)比較的細めで、結構細い字が書ける傾向にあります。単純に考えるとこの万年筆は漢字筆記にはあまり向かないはずなのですが、字は細いので慣れれば意外と良い感じに使えちゃいます。ペンの取り回しが悪いだけであって字幅自体は細いですから、物理的には綺麗な小さい字を書くことも可能です。この万年筆を実用品として見ると、日本語筆記に於いては正直かなり問題点が見受けられるのですが、そこら辺は愛でカバー可能なのです。

また、一般的にこういう固いニブは固い代わりにペンポイントが滑りやすいように調整されていることが多いのですが、カレンは比較的摩擦感のある書き味です。日本の万年筆と比べれば摩擦感は少ない方ですが、海外万年筆で尚且つこんなに固いニブであることを考慮すれば、かなり摩擦の多い部類だと言えます。この点がカレンの独特な書き味の一端を担っています。

この摩擦感ですが、寝かせて書くと顕著に表れます。筆記角度によってもかなり印象が変わりますね。立てて書くと減るので、やはり私の筆記角度がウォーターマンの想定から外れているのでしょうか…?

ここからは私の勝手な憶測ですが、敢えてこの様な書き味にしたのはボールペンに似せるためかと考えています。ボールペンって、固くてカリカリしてますよね。国産ボールペンはかなり滑らかに書けるものが多いですが、海外のものはお世辞にも滑らかとは言えないものが多いです。それに近い書き味を再現したかったのかな…?かなりボールペンを意識した結果がこの書き味なのではなかろうかと。個人的な憶測の域を出ませんが…

試しにボールペンと比べて見たところ、クロスの油性Fと丁度同じくらいのカリカリ感でした。国産ボールペンだと、ジェットストリームの0.38よりは滑らかで、0.7よりは摩擦があります。

↑偶然か必然か、海外油性ボールペンと同じくらいの書き味でした。

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↑勉強なんかには丁度良いかも。

 

総評

カレンはめっちゃ尖ってるゴー・マイ・ウェイな万年筆!一風変わった万年筆を求めているあなたに!書き味はボールペンに似ていて、初心者の方にオススメかも!?でもニブが固いので、柔らかい万年筆を求めている方にはオススメ出来ません!