Optima 拘りが垣間見える頑固な万年筆──オプティマ

オプティマの立ち位置

こと万年筆に限って言えば、日本はとても恵まれた国です。我々は当たり前のこととして享受していますが、日本にはパイロットコーポレーションセーラー万年筆、プラチナ万年筆という3つの大きな万年筆製造メーカーが存在し、それぞれが独自の万年筆を開発・発売しています。

…実はこれって、とても凄いことなのです。世界を見渡してみれば、自社でニブを製造している会社って数えるほどしか存在しません。大抵の海外メーカーはニブを他社(BockとかJowoとか)から仕入れて賄っており、自社でニブを製造しているメーカーは本当に数えるほどしか存在していないのです。海外メーカーのニブは見た目や味付けは異なるものの、結局根本的にはどれも同じニブを搭載しているに過ぎないのです。

それにも拘らず日本には前述の3社が存在しており、各々がオリジナルのニブを製造してくれています。万年筆ヲタクとしては、日本に生まれたことを感謝する他ありません。

欧米では企業による分業制が進んだ結果、その様に殆どの万年筆メーカーが部品の製造を他社に依存しており、最適化とコストカットを進めているわけですね。ペーパーレスが叫ばれて久しく、ボールペンですら使われなくなりつつある時代です。今どき万年筆の需要なんて殆どありませんから、効率化を進めなければ利益を出せないのは必然です。欧米企業のコストカット傾向とブランド化戦略は時代の必然であると思われます。

日本の三大万年筆メーカーはそんな世界の流れに抗っているのかそれとも置いていかれたのかは知りませんが、基本的には自社製造志向です。でもでも日本だけではありません。イタリアには日本以上に拗らせた(?)会社が存在するのです。それがAURORA。お待たせ致しました。本題に入りましょう。

AURORA。「オーロラ」と英語読みしたくなりますが、「アウロラ」と読みます。イタリアのピエモンテ地方、トリノで1919年にイタリア初の万年筆製造メーカーとして創業。ピエモンテ地方はイタリア北西部に位置し、アルプス山脈の直ぐお隣にございます。

かつてイタリアはいくつもの国に別れており、それをサルデーニャ王国1861年に統一してイタリア王国が誕生しました。サルデーニャ王国はその名の通りサルデーニャ島を領有する王国ですが、実際にはそれ以前からピエモンテ地方を領有しており、よってサルデーニャ王国の首都はトリノでした。

イタリア王国が誕生して以後も、元サルデーニャ王国首都としてトリノは重要な位置にありました。イタリア王国は国内の工業化を推し進めるに当たって元々領有していた北部を優先したので、トリノ工業都市として発展したのです。工業製品である万年筆を製造するメーカーがトリノから生まれたのは必然でしょう。

ちなみに日本だとパイロットコーポレーション(並木製作所)が1918年設立でほぼ同時期です。アウロラパイロットと並ぶ中々に歴史の長いメーカーなのです。

イタリアといえば町工場レベルの小さな万年筆メーカーが多数存在しているイメージですが、その中にあってアウロラは比較的規模の大きい企業です。(大きい企業だからこそ今日まで生き残っているわけですが)アウロラは自社製万年筆のニブから軸、クリップなどに至るまで自社工場で賄っており、メイド・イン・イタリーに拘っています。どこぞの企業がメイド・イン・アメリカを謳っておきながら実際には中国で作っているのとは大違いですね!でもアウロラが全体的にお値段がお高いのも、多分そこら辺が原因ではなかろうかと。

アウロラのことはご理解いただけたかと思います。では今回語っていくオプティマという万年筆に話題を移していきましょう。optimaには「最高級」という意味があるそうです。伊語は解りませんが、英語のoptimalにも最上という意味があるので似たような感じなのかなと想像します。

現在のオプティマは元々1930年代後半(正確には1938年から1940年)に売られていたモデルの復刻版だそうです。そのためオプティマのデザインはクラシカルな見た目をしています。(クラシカルな見た目と言いつつ、更にクラシカルな見た目をしている国産万年筆を見慣れた日本人にとっては、そこまでクラシカルでもないですね)

1940年といえば、イタリアのWWII参戦の年ですね。1940年6月にイタリアは枢軸国側で参戦しますから、オプティマが1940年までしか製造されなかったのもそこら辺が関係しているのかな〜って勝手に想像しています。実際、アウロラ工業都市であるトリノに工場を持っていましたので戦火に見舞われ、破壊されてしまったそうです。

前述の通り、アウロラはかなり独自性の強いメーカーです。それ故にオプティマもかなり個性の強いペンとなっております。自社製14Kニブを搭載し、ペン芯はエボナイト。ヨーロッパの万年筆としては摩擦感が強めで字幅が細く、国産万年筆に近い書き味。ピストン吸入式を採用し、リザーブタンクというアウロラ独自の機構を備えています。キャップリングにはグレカパターンが描かれ、軸はアウロラ独自開発のアウロロイド樹脂。ざっと挙げただけでもかなり癖の強い万年筆であることがお解りいただけるかと思います。万年筆を愛するならば避けては通れぬペンです。

オプティマは定価で7万円くらいします。高いですね…実売価格でも5万円くらいしますから、中々手が出せるものではありません。ちなみにミニバージョンのミニオプティマもございます。パッと見では分かりづらいので、ネットで安いからといってよく見もせずにポチるとちっちゃいのが届いた…なんてことになりかねません。お気を付け下さい。

カラーバリエーションはブルー、バーガンディ(赤)、グリーン、ブラックパールを中心に、限定色も多数存在します。

 

見た目について

オプティマは戦前のモデルの復刻版なだけあり、全体的にレトロなデザインとなっております。細かなデザインだけでなく、サイズ感も現代の万年筆と比べるとひと回り小さく、昔の万年筆っぽさに拍車をかけます。

軸はアウロロイド樹脂というアウロラ独自の樹脂を使用しています。アウロロイドとは、アウロラセルロイドをかけた言葉だと思われ、セルロイドの美しさを再現することを目指したものだそうです。

セルロイドは人類史上初の人工樹脂であり、美しい見た目や安価に製造出来ることから昔は万年筆の素材やその他様々な用途に利用されましたが、易燃性があることから世界的に使用が控えられ、現在では殆ど使用されていません。また、熱や光に弱く、日常的な温度変化によっても少しずつ気化します。万年筆に使われるセルロイドも徐々に痩せていってしまい、最終的にはポッキリ折れてしまうんですね。気化するということは要するに気体を発生させているわけで、独特の匂いを発します。ぶっちゃけ問題だらけの素材だったわけです。

アウロラとしてはセルロイドそのものを使うのは諦め、セルロイドの様な美しさを持ったアウロロイド樹脂を開発し、オプティマに採用しました。つまりアウロロイド樹脂とはセルロイドの良いとこどりを目指した樹脂なのです。私自身は2000年代生まれの若輩者ですので、セルロイドに馴染みはありません。プラチナ万年筆のセルロイド万年筆くらいしか見たことがないですね。そのためアウロロイド樹脂が本当にセルロイドの美しさを再現出来ているかは見てもピンとこないのですが、まあ何にせよ綺麗なので別に何でも良いかなって思います。

個体差もあるのでしょうが、私の所有するオプティマのアウロロイドは黒成分多め。深い青に淡い青が混じる様はまるで月夜の海のよう。もっと白っぽいイメージだったのですが、意外と深い色味です。これはこれで大人びていて悪くないです。軸は一本ずつ削って作られていますから、一本ごとに色味も違います。購入に際してはお好みの色味のものを選びましょう。(私は現行モデルを所有していますが、旧モデルはもっと暗い色味だったそうです)

胴軸には文字が刻まれています。こういうの、中々レトロですね。1930年代当時のアウロラの社名が刻印されているとのことですが、FABBRICA DI PENNE A AURORA ITALIA ITALIANA SERBATOIOと書かれている様に見受けられます。DeepLで翻訳したところ「ペン工場 アウロラ・イタリア イタリアタンク」とのこと。よく分からん。あまり目立たないですが、私としてはレトロ感を感じさせるさり気ないオシャレポイントくらいの認識です。

オプティマを取り上げるに当たって、このキャップリングについて語らないわけにはいかないでしょう。誰もが目を惹かれるラーメングレカパターン。グレカパターンに挟まれるようにAURORA ITALYの文字が浮き彫りになっています。

よく見ないと分かりづらいですが、硬貨の縁の様に細かく縦に線が彫られています。かなりデザインに凝ったキャップリングですね。

ちなみにこのグレカパターンは古代ギリシアに端を発するもので、ローマ帝国でもよく使用されました。イタリア人にとっては伝統的な模様という感覚なのでしょうね。日本人でいうところの唐草模様とか市松模様みたいなイメージなのでしょうか。私はイタリア人ではないので分かりかねますが。

クリップはかーなりのオールドスタイルです。横から見るとかなり丸みを帯びた滑らかな曲線を描いており、正面から見ても根本からシュッと逆三角形にすぼむ形状、先端部は涙滴型。

1930年代をひしひしと感じさせるデザインです。(日本人にとってはパイロットのカスタムシリーズで見慣れたデザインかもしれませんが…)

天冠と尻軸は黒い樹脂製です。ベスト型で、平らですが微妙に膨らんだ形状です。円周部が軽く段状になっているのもパイロットのカスタムシリーズとのデザイン的共通点。

ニブは自社製の14K。限定品だと18Kのこともあります。書き味もそうですが、デザインもちょっと独特の雰囲気を醸し出しています。大変小さく肉眼での確認は至難の業ですがニブ根元部分に「☆5 TO」と刻印されています。トリノ市検査所のホールマークだそうです。ヲタクホイホイですね。

上から見ると刻印のデザインにばかり目が行くのですが、むしろ横や前から見て欲しいのです。何というか、エラが張っているというか…側面部分がやけに長いのです。それ故にペン芯を覆うアーチ状になっています。しかしウォーターマンの一部モデルの様な完全なアーチ形状になってあるわけでもなく、書き味は固そうだけどガチガチというわけでもなさそうだなと見た目から判断出来ます。後述しますが、しならないけどめちゃくちゃ固いわけでもない何とも言えぬ書き味です。

そして注目すべきはニブの裏側──ペン芯です。今どき珍しいエボナイト製です。一般に、今日ペン芯として使われるプラスチックよりもエボナイトはインクと相性が良く、ペン芯に適していると言われています。しかしプラスチックが型で容易に成形出来るのに対して、エボナイトは棒から削り出さねばならず、また硬くて加工が難しい素材です。当然コストがかかりますので現在ではほぼ使用されていません。それなのに敢えてエボナイトペン芯を使用する辺り、アウロラの拘りが垣間見えるというものです。

ただし気を付けていただきたいのは、エボナイトペン芯は“エボ焼け”という現象を引き起こす点です。そもそもエボナイトとは、要するに過加硫ゴムです。天然ゴムに大量の硫黄を混ぜて分子間に架橋を生むことでカチカチに硬くさせたものです。つまりエボナイトは大量の硫黄を含みます。

ご存知の通り、銀は硫化すると黒くなりますよね。銅も硫化銅になると黒ずみます。14Kニブの場合、重量の57.5%は金で構成されるわけですが、逆に言うと残りは金以外の金属で構成されているわけです。よって、ペン芯がエボナイト製だとニブが硫化して黄ばみます。これがエボ焼けです。オプティマエボナイトペン芯を使う以上エボ焼けからは逃れられません。実際、中古のオプティマの中にはニブがエボ焼けしたものが多いです。エボ焼けが嫌だ!という方は、ロジウムメッキされた銀トリムモデルの方をお勧めします。金トリムのモデルは、遅かれ早かれエボ焼けで黄ばむと思って下さい。

首軸は天冠や尻軸同様、黒い樹脂製です。出来ればここもアウロロイド樹脂で作って欲しかったところですが、特筆すべきはそれよりも、インク窓がどちらかというと胴軸ではなく首軸に付随しているということです。一般に、インク窓はどちらかというと胴軸の中に嵌め込まれる様な形で存在していることが多いのですが、オプティマの場合は首軸後方に嵌められているかの様に見えます。インク窓の直径が、胴軸ではなく首軸と同じ太さなのです。デザイン的にちょっと特殊ですね。

世間ではオプティマは折れやすいと言われますが、この特徴的なインク窓がそれに関与しているのは否定出来ません。キャップをきつく締めるとインク窓付近に強い力がかかってポッキリ折れるとのことです。私は折ったことがありませんので真偽の程は定かではありませんが、確かにネット上では軸の折れたオプティマを頻繁に見かけます。気を付けるに越したことはないでしょう。具体的には、キャップを強く締め過ぎないことを肝に銘じる他ありません。お高い万年筆をポッキリ折ってしまったとしたら、ショック死しかねませんからね。

オプティマと違ってあまり話題に上がりませんが、同じAURORAの万年筆である88もほぼ同じ形状のインク窓を有しています。ならば88も折れやすいのでは...?そもそも88はマイナーであまり見かけないので報告数が少ないだけかもと想像します。勝手な想像ですので、真偽のほどは不明。

また、オプティマはピストン吸入式を採用していますが、ただのピストンフィラーではないのがこれまたアウロラの拘りポイント。リザーブタンクという独自機構を搭載しております。

リザーブタンクとは何ぞや?…早い話が小さいサブタンクなのですが、メインタンクのインクが切れてもリザーブタンク内の予備インクで書き続けることが出来るという代物です。具体的には、尻軸を緩めるとリザーブタンクからメインタンクにインクが流れるようになっているそうです。

うーん、凄いような凄くないような…ぶっちゃけピストンフィラーのインク容量って相当なものなので、別にそこまでしてインクを増やす必要性を感じないんですよね…リザーブタンクのせいでインク洗浄も面倒臭いし…

でも、アウロラさんはドヤ顔でめちゃくちゃ自信満々でリザーブタンクを宣伝していますから、これはこれで素直に凄いなーって思ってあげるべきでしょう。

ちなみに実際にリザーブタンクを使ってみた時の画像がこちら。字が掠れてから尻軸をクルクル回すと、この様にまた字が書けるようになりました。

 

比べてみる

本来この「比べてみる」の目的は購入に当たっての参考になるように比較をすることにあるのですが、オプティマに関して言えば比較対象として適していると思われるものが全く思い浮かびません。オンリーワンな魅力を持った万年筆ですから、これといった対抗馬が存在しないのです。

そこで、ニブを自社製造する会社同士ということで国産3社の万年筆を持ってきました。比較というよりは、オールスター的なイメージです。

左から順にAURORAのOptima、プラチナの#3776センチュリー忍野、パイロットのカスタムレガンス、セーラーのプロギアΣレアロ。

こうして比べてみると、オプティマは比較的小ぶりなボディーであることがはっきりと分かりますね。その分軸が太めです。そしてキャップリングが太く、首軸も長い。

重量は22g、キャップした状態での長さは12.8cmほどです。

 

実際に書いてみる

オプティマのボディーは結構小さめです。実際に持ってみると驚かれるかもしれません。キャップをポストするかどうかは好みが分かれるところ。でも私はポストせずに書く派かな。ペン先の適度な摩擦感のおかげで、キャップポストせずとも字が暴れないんです。

カリカリした独特の書き味と世間では言われていますね。個人的にはカリカリよりもサリサリの方が近いかなと思いますが。

ニブは固めで、しなりません。でもタッチは固すぎず、不快感はありませんね。購入前はプラチナ万年筆に近い書き味を想像していたのですが、実際には喩えるなら、しならないセーラーのイメージ。私はセーラーの万年筆は21Kニブしか持っていないのですが、もしかしたら14Kのセーラーに近いのかも?何れ検証してみたいものです。

字幅はMですが海外万年筆としてはかなり細い字が書けます。国産万年筆だとパイロットよりも細いです。

エボナイトのおかげかは分からないものの、インクフローは適切です。淀みなくインクが出てきます。それでいてドバドバと出過ぎるわけでもなく本当に求めている通りのインク量が供給されてくるイメージです。ペリカンの4001ロイヤルブルーでは少なくともそんな感じ。他のインクだとまた変わってくると思いますが、そんなに悪い結果にはならないでしょう。

 

総評

随所に見受けられる頑固な拘りの数々!細かい!細か過ぎる!細か過ぎてたぶんあんまり消費者に伝わってなさそう!でもそこがイタリアっぽくてイイ!!そして折れやすいとかニブが黄ばむとか万年筆としては難点もいくつかございますので購入前にご注意を!でもそこがイタリアっぽくてイイ!!イタリア万年筆なので見た目が綺麗なのは言うまでも及びません!お値段はお高いけど!擬人化するなら絶対難のある美女っぽいですね!でも好き!貢いじゃう!