雑記 全てがインクの沼に沈む

 

明けまして…おめでとうございませんね。

新年早々能登地震で中々に大変な事になってしまいました。

被災者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。

 

斯く言う私も普段は北陸に住んでいますので、帰省から戻ってくるなりお家には散々な光景が広がっておりました。

な、なんじゃこりゃ…

 

端的に述べますと、棚の上段に置いてあったインク瓶が落ち、床がインクまみれになっていたわけですね…

物理的に、インク沼に沈んでしまいました。

犯人は直ぐに特定しました。パイロットの色彩雫──月夜です。ツキヨ、ワルイコ!(ハリーポッターのドビー風)

まだ一度たりとも使用した事がなかったのに…インク瓶1つ分まるまる床にこぼれていました…

 

色彩雫の瓶はかなり厚く丈夫で、そう簡単に割れるような代物ではありません。しかし蓋は平凡な、薄いプラ製です。(ペリカンのエーデルシュタインやモンブランなんかは蓋も丈夫なんですけどね)

運の悪い事に、棚から落ちる際に蓋が割れてしまったようです。床が月夜に染まってしまいました…

そして厄介なことに、フローリングに染み付いて色が落ちない。

これは本当に厄介です。アパートの退去時に大家さんに張替え費用を請求されてしまいますからね。これは中々に拙いですよ、ええ。

地震発生から既に数日経過していますので、木目にインクが染み込んでしまっています。

 

もうこれは、水やアルコールで拭いても落ちてくれそうにありません。

こうなれば、そう、秘密兵器に頼るしかありません。

何かしら魔法のようにインクを落としてくれる液体に…頼るしかない。

 

古典インクの場合、洗浄にアスコルビン酸が適しているのは有名な話です。

原理は知りませんが、古典インクは酸性だから、酸性のアスコルビン酸で洗うと効果があるんじゃないかな!知らんけど!

 

色彩雫は一般的な染料インクです。

「趣味の文具箱」によると、色彩雫の月夜はpH9.0とのこと。どちらかと言うとアルカリ性ですね。

つまり、9.0よりも更に塩基性の液体で拭けば、弱塩基遊離的な何かで落ちるのではないかと。

 

取り敢えず家中をごそごそと粗探ししてみました。

おお、ありました。手頃で安全そうな塩基性溶媒が。衣類用洗剤です。

ワイドハイターやオキシクリーンもありますが、此奴らは酸素系を謳っておりますので、今回は不適。

 

えいっ、と思い切って床に洗剤をばら撒き、数分待ってからティッシュでゴシゴシしてみます。

うーん…水よりは色が落ちてるような…気がしないでもない感じですかね。

でも、これではフローリング張り替え料金請求は免れないでしょう。

 

衣類用洗剤ではちょっと威力が弱いのかもしれない…もっとつよつよな塩基性溶媒が欲ちい…

更にキッツい塩素系のヤツを探しましょう…カビキラーとかどこかに置いてなかったっけ?

塩素系はちょっと危なそうなので使いたくはありませんでしたが、この際致し方ありません。

あれ、いない…待ち人来たらず。

探してもどこにもいませんでした。

 

代わりにトイレハイターを用意しました。

裏面を見たら、次亜塩素酸ナトリウムが入ってるので塩基性で間違いないですね。

では、早速かけてみます。えい。

あ、それと、塩素系を使用する際はよく換気して、酸素系と混ぜないようにしましょうね。

流石に長時間放置すると木が駄目になりそうなので、直ぐに拭きます。

あ、あかんわ。効果無し。

効いてる気がしない。

繰り返せばいずれは何とかなるのかもしれないけど、そんな不確実な未来のために手間暇かけてられないです。

お手上げです。

 

というわけで、結論。

 

覆水盆に返らず。こぼれたミルクはコップに戻らず、こぼれたインクは瓶に戻りません。

インクをこぼした場合は、染み込む前にさっさと拭きましょう。

私は諦めて、紫外線で退色する可能性に賭けるとします。

All American アメリカ代表万年筆──オールアメリカン

オールアメリカンの立ち位置

今回は本ブログに於いて2本目のConklin万年筆、オールアメリカンをご紹介致します。

コンクリンというブランドについては、過去記事をご参照下さい。

kaerupyon.hatenadiary.com

国内定価は税込16500円。字幅はFのみ、鉄ニブのみ。ペン先の選択肢が制限される分、カラバリは結構豊富です。私が購入したのはトートイスシェルというカラー。まあ要するに、べっ甲ですね。オールドスタイルな万年筆なので、どうせならトコトンじじ臭い(良い意味で)見た目のものにしようという意図で、べっ甲カラーにしました。

ちなみにコンクリンに関してご注意いただきたいのは、2023年11月現在では既に国内正規代理店が取り扱いを終了しているという点です。購入しても万全のサポートは受けられないのでご注意を。Duragraphの記事を書いた時にはまだ取り扱われていたのですが、あれから半年くらいの間に取り扱い終了になっていました…

実はこのペンを今回記事にしたのもコンクリン追悼の意味をこめて…という側面があります。南無南無。個人的にはコンクリンの万年筆は結構好きだったんですが、これからコンクリンを手に入れようと思ったらアメリカから個人輸入するしかないですね。円高になったらクレセントフィラー買いたいなと思っています。

見た目について

残念ながら、私はこのオールアメリカンという万年筆に関して殆ど語るべき知識を持ち合わせておりません。なにぶん元のモデルは100年以上前の万年筆ですから、私には何が何だかさっぱりです。おかげで、ある意味ニュートラルな状態でこのペンを評価出来ました。

では、初心に帰って開封から。箱はこんな感じのシャレオツなボックスです。ジーンズをイメージしてデザインされていると思われ、しっかりステッチまで入っています。

私の知る限り、日本で展開されているコンクリンはどれも共通でこのボックスだと思います。

全体の概観はこんな感じで、葉巻型のずんぐりむっくりとした形状。とてもではないですがスマートな見た目…とは言い難いですね。この圧倒的ジジ臭さ…!(褒めてる)

シュッと角張ったところは見当たりません。ほぼ全ての部分が丸みを帯びています。おっさん向けというより、優しげなおじーちゃま向けなビジュアル。おじーちゃまの眼鏡を彷彿とさせるべっ甲カラー…未だ嘗てこれ程までにヨボヨボした万年筆が存在していたでしょうか?否!

ヨボヨボ感の源であるボディーの樹脂を見てみましょう。べっ甲というには若干白成分が多い様な気もします。光を当てると茶色に近いクリーム色。

クリップ形状もちょっと独特です。途中でシュッとくびれるデザイン。単独だとネクタイピンの様にも見えます。

横から見るとこんな感じ。

そして──オールドスタイルな万年筆には欠かせない要素であるところの──胴軸の文字…!

どうせ表面に白っぽい文字でプリントしてるだけなんだろうなぁ…と見せかけて、ちゃんと彫ってあります!ちゃんと彫ってあります!(大事な事なので2回言いました)

表面にプリントしてあるだけだと「ふへへ、オールアメリカ~~ン」とニヤけながら文字をさすさすしているうちに剥げていき、いつかは消えてなくなってしまいます。しかし彫ってあれば、半永久的にこの文字は残るのです。つまり半永久的にさすさす出来るという事を意味しています。

更に他にも(というか本来の)メリットが。あと半世紀くらいして私がおじーちゃまになってから、突然ポックリ逝ってしまっても大丈夫!何も知らない孫達にも、この万年筆がコンクリンでトレドでオハイオでUSAで、なんかオールアメリカンって書いてあるから取り敢えずアメリカンな代物であるらしいという事が一目瞭然ですね。

…まあ何にせよ、現地価格100ドル程度の廉価な万年筆である事を思えばありがたい仕様です。嬉しい誤算。(米国都市部の物価を考慮すると、日本でいう5000円くらいのイメージですからね)

価格を考えれば当たり前ですが、カートリッジコンバーター両用式です。どうしても吸入式じゃなきゃ嫌なんだい!という困ったさんには、3万円もあればクレセントフィラーという世にも奇妙な吸入方式がお楽しみいただけますのでそちらをお買い求め下さい。

ニブのハート穴はコンクリンのトレードマークとも言える三日月(クレセント)型。これだけでもレトロな雰囲気が漂ってきていて、コンクリンの万年筆を買う理由になります。

お馴染みJowo社製の鉄ニブですので、書き味は特段可もなく不可もなく。悪くはありませんが面白みはありません。まあ、書き味を求めて買う様なペンではありませんから当然です。ストレスフリーにサラサラと書けるのですから筆記具としては申し分ないでしょう。

ペン芯も他のペンと共通で使われている見慣れたやつですね。この個体は以前と違って調子が良くて、ペリカンのインクでも問題ありませんでした。

横から見るとスラッとしていて、個人的にはこのペン芯カッコよくて好きです。パッと見PARKERのDuofoldみたい。

実際に書いてみる

普通のコピー用紙にお絵描きしてみました。インクはペリカンのエーデルシュタイン、タンザナイト。やはりオールドスタイルな万年筆にはブルーブラックが似合います。改めて見てみても、亀さんの様に丸っこくて可愛いな此奴。

書き味は関してはもう特に言う事はなさそう。よくあるサラサラ系です。

比べてみる

同じくコンクリンのデュラグラフと比べてみました。価格は似たり寄ったりで、どちらも1万円程度。でも一万円にしては中々のクオリティですよ。ありふれた見た目の万年筆に飽きてきた人が遊ぶ目的で買うには悪くない選択肢だと思うんだけどなぁ…生憎日本からは撤退してしまいました。残念ですね。

オールアメリカンの重量は約30g。結構重たいですね。胴軸の樹脂がかなり分厚いのが原因でしょう。キャップを外せば20gくらいになるので、個人的には好みの重さ。でもちょっと全体的にツルツルしてるし段差も多いので持ちづらいんですよね…やっぱりマジメに筆記するために買う万年筆じゃないなぁ。万年筆ヲタクのためのペンですね。

胴軸径は15mmあり、たぶんモンブランの149と同じくらい。ずんぐりむっくり感の正体はこの太さにあります。太いせいで分かりづらいですが、実はこの万年筆、キャップを締めた状態で全長144mmあり、万年筆としては結構長い部類です。これは#3776Centuryより長いです。太いだけじゃなくて結構長い…要するに木偶の坊的な万年筆なのです。

総評

「あ〜いかにも古めかしい万年筆欲しいなぁ〜でも古過ぎるとメンテナンスとか大変だし面倒だなぁ〜どっかに100年前の万年筆、新品並みの状態で落ちてないかなぁ〜」←この様な方にオススメの万年筆です。

Optima 拘りが垣間見える頑固な万年筆──オプティマ

オプティマの立ち位置

こと万年筆に限って言えば、日本はとても恵まれた国です。我々は当たり前のこととして享受していますが、日本にはパイロットコーポレーションセーラー万年筆、プラチナ万年筆という3つの大きな万年筆製造メーカーが存在し、それぞれが独自の万年筆を開発・発売しています。

…実はこれって、とても凄いことなのです。世界を見渡してみれば、自社でニブを製造している会社って数えるほどしか存在しません。大抵の海外メーカーはニブを他社(BockとかJowoとか)から仕入れて賄っており、自社でニブを製造しているメーカーは本当に数えるほどしか存在していないのです。海外メーカーのニブは見た目や味付けは異なるものの、結局根本的にはどれも同じニブを搭載しているに過ぎないのです。

それにも拘らず日本には前述の3社が存在しており、各々がオリジナルのニブを製造してくれています。万年筆ヲタクとしては、日本に生まれたことを感謝する他ありません。

欧米では企業による分業制が進んだ結果、その様に殆どの万年筆メーカーが部品の製造を他社に依存しており、最適化とコストカットを進めているわけですね。ペーパーレスが叫ばれて久しく、ボールペンですら使われなくなりつつある時代です。今どき万年筆の需要なんて殆どありませんから、効率化を進めなければ利益を出せないのは必然です。欧米企業のコストカット傾向とブランド化戦略は時代の必然であると思われます。

日本の三大万年筆メーカーはそんな世界の流れに抗っているのかそれとも置いていかれたのかは知りませんが、基本的には自社製造志向です。でもでも日本だけではありません。イタリアには日本以上に拗らせた(?)会社が存在するのです。それがAURORA。お待たせ致しました。本題に入りましょう。

AURORA。「オーロラ」と英語読みしたくなりますが、「アウロラ」と読みます。イタリアのピエモンテ地方、トリノで1919年にイタリア初の万年筆製造メーカーとして創業。ピエモンテ地方はイタリア北西部に位置し、アルプス山脈の直ぐお隣にございます。

かつてイタリアはいくつもの国に別れており、それをサルデーニャ王国1861年に統一してイタリア王国が誕生しました。サルデーニャ王国はその名の通りサルデーニャ島を領有する王国ですが、実際にはそれ以前からピエモンテ地方を領有しており、よってサルデーニャ王国の首都はトリノでした。

イタリア王国が誕生して以後も、元サルデーニャ王国首都としてトリノは重要な位置にありました。イタリア王国は国内の工業化を推し進めるに当たって元々領有していた北部を優先したので、トリノ工業都市として発展したのです。工業製品である万年筆を製造するメーカーがトリノから生まれたのは必然でしょう。

ちなみに日本だとパイロットコーポレーション(並木製作所)が1918年設立でほぼ同時期です。アウロラパイロットと並ぶ中々に歴史の長いメーカーなのです。

イタリアといえば町工場レベルの小さな万年筆メーカーが多数存在しているイメージですが、その中にあってアウロラは比較的規模の大きい企業です。(大きい企業だからこそ今日まで生き残っているわけですが)アウロラは自社製万年筆のニブから軸、クリップなどに至るまで自社工場で賄っており、メイド・イン・イタリーに拘っています。どこぞの企業がメイド・イン・アメリカを謳っておきながら実際には中国で作っているのとは大違いですね!でもアウロラが全体的にお値段がお高いのも、多分そこら辺が原因ではなかろうかと。

アウロラのことはご理解いただけたかと思います。では今回語っていくオプティマという万年筆に話題を移していきましょう。optimaには「最高級」という意味があるそうです。伊語は解りませんが、英語のoptimalにも最上という意味があるので似たような感じなのかなと想像します。

現在のオプティマは元々1930年代後半(正確には1938年から1940年)に売られていたモデルの復刻版だそうです。そのためオプティマのデザインはクラシカルな見た目をしています。(クラシカルな見た目と言いつつ、更にクラシカルな見た目をしている国産万年筆を見慣れた日本人にとっては、そこまでクラシカルでもないですね)

1940年といえば、イタリアのWWII参戦の年ですね。1940年6月にイタリアは枢軸国側で参戦しますから、オプティマが1940年までしか製造されなかったのもそこら辺が関係しているのかな〜って勝手に想像しています。実際、アウロラ工業都市であるトリノに工場を持っていましたので戦火に見舞われ、破壊されてしまったそうです。

前述の通り、アウロラはかなり独自性の強いメーカーです。それ故にオプティマもかなり個性の強いペンとなっております。自社製14Kニブを搭載し、ペン芯はエボナイト。ヨーロッパの万年筆としては摩擦感が強めで字幅が細く、国産万年筆に近い書き味。ピストン吸入式を採用し、リザーブタンクというアウロラ独自の機構を備えています。キャップリングにはグレカパターンが描かれ、軸はアウロラ独自開発のアウロロイド樹脂。ざっと挙げただけでもかなり癖の強い万年筆であることがお解りいただけるかと思います。万年筆を愛するならば避けては通れぬペンです。

オプティマは定価で7万円くらいします。高いですね…実売価格でも5万円くらいしますから、中々手が出せるものではありません。ちなみにミニバージョンのミニオプティマもございます。パッと見では分かりづらいので、ネットで安いからといってよく見もせずにポチるとちっちゃいのが届いた…なんてことになりかねません。お気を付け下さい。

カラーバリエーションはブルー、バーガンディ(赤)、グリーン、ブラックパールを中心に、限定色も多数存在します。

 

見た目について

オプティマは戦前のモデルの復刻版なだけあり、全体的にレトロなデザインとなっております。細かなデザインだけでなく、サイズ感も現代の万年筆と比べるとひと回り小さく、昔の万年筆っぽさに拍車をかけます。

軸はアウロロイド樹脂というアウロラ独自の樹脂を使用しています。アウロロイドとは、アウロラセルロイドをかけた言葉だと思われ、セルロイドの美しさを再現することを目指したものだそうです。

セルロイドは人類史上初の人工樹脂であり、美しい見た目や安価に製造出来ることから昔は万年筆の素材やその他様々な用途に利用されましたが、易燃性があることから世界的に使用が控えられ、現在では殆ど使用されていません。また、熱や光に弱く、日常的な温度変化によっても少しずつ気化します。万年筆に使われるセルロイドも徐々に痩せていってしまい、最終的にはポッキリ折れてしまうんですね。気化するということは要するに気体を発生させているわけで、独特の匂いを発します。ぶっちゃけ問題だらけの素材だったわけです。

アウロラとしてはセルロイドそのものを使うのは諦め、セルロイドの様な美しさを持ったアウロロイド樹脂を開発し、オプティマに採用しました。つまりアウロロイド樹脂とはセルロイドの良いとこどりを目指した樹脂なのです。私自身は2000年代生まれの若輩者ですので、セルロイドに馴染みはありません。プラチナ万年筆のセルロイド万年筆くらいしか見たことがないですね。そのためアウロロイド樹脂が本当にセルロイドの美しさを再現出来ているかは見てもピンとこないのですが、まあ何にせよ綺麗なので別に何でも良いかなって思います。

個体差もあるのでしょうが、私の所有するオプティマのアウロロイドは黒成分多め。深い青に淡い青が混じる様はまるで月夜の海のよう。もっと白っぽいイメージだったのですが、意外と深い色味です。これはこれで大人びていて悪くないです。軸は一本ずつ削って作られていますから、一本ごとに色味も違います。購入に際してはお好みの色味のものを選びましょう。(私は現行モデルを所有していますが、旧モデルはもっと暗い色味だったそうです)

胴軸には文字が刻まれています。こういうの、中々レトロですね。1930年代当時のアウロラの社名が刻印されているとのことですが、FABBRICA DI PENNE A AURORA ITALIA ITALIANA SERBATOIOと書かれている様に見受けられます。DeepLで翻訳したところ「ペン工場 アウロラ・イタリア イタリアタンク」とのこと。よく分からん。あまり目立たないですが、私としてはレトロ感を感じさせるさり気ないオシャレポイントくらいの認識です。

オプティマを取り上げるに当たって、このキャップリングについて語らないわけにはいかないでしょう。誰もが目を惹かれるラーメングレカパターン。グレカパターンに挟まれるようにAURORA ITALYの文字が浮き彫りになっています。

よく見ないと分かりづらいですが、硬貨の縁の様に細かく縦に線が彫られています。かなりデザインに凝ったキャップリングですね。

ちなみにこのグレカパターンは古代ギリシアに端を発するもので、ローマ帝国でもよく使用されました。イタリア人にとっては伝統的な模様という感覚なのでしょうね。日本人でいうところの唐草模様とか市松模様みたいなイメージなのでしょうか。私はイタリア人ではないので分かりかねますが。

クリップはかーなりのオールドスタイルです。横から見るとかなり丸みを帯びた滑らかな曲線を描いており、正面から見ても根本からシュッと逆三角形にすぼむ形状、先端部は涙滴型。

1930年代をひしひしと感じさせるデザインです。(日本人にとってはパイロットのカスタムシリーズで見慣れたデザインかもしれませんが…)

天冠と尻軸は黒い樹脂製です。ベスト型で、平らですが微妙に膨らんだ形状です。円周部が軽く段状になっているのもパイロットのカスタムシリーズとのデザイン的共通点。

ニブは自社製の14K。限定品だと18Kのこともあります。書き味もそうですが、デザインもちょっと独特の雰囲気を醸し出しています。大変小さく肉眼での確認は至難の業ですがニブ根元部分に「☆5 TO」と刻印されています。トリノ市検査所のホールマークだそうです。ヲタクホイホイですね。

上から見ると刻印のデザインにばかり目が行くのですが、むしろ横や前から見て欲しいのです。何というか、エラが張っているというか…側面部分がやけに長いのです。それ故にペン芯を覆うアーチ状になっています。しかしウォーターマンの一部モデルの様な完全なアーチ形状になってあるわけでもなく、書き味は固そうだけどガチガチというわけでもなさそうだなと見た目から判断出来ます。後述しますが、しならないけどめちゃくちゃ固いわけでもない何とも言えぬ書き味です。

そして注目すべきはニブの裏側──ペン芯です。今どき珍しいエボナイト製です。一般に、今日ペン芯として使われるプラスチックよりもエボナイトはインクと相性が良く、ペン芯に適していると言われています。しかしプラスチックが型で容易に成形出来るのに対して、エボナイトは棒から削り出さねばならず、また硬くて加工が難しい素材です。当然コストがかかりますので現在ではほぼ使用されていません。それなのに敢えてエボナイトペン芯を使用する辺り、アウロラの拘りが垣間見えるというものです。

ただし気を付けていただきたいのは、エボナイトペン芯は“エボ焼け”という現象を引き起こす点です。そもそもエボナイトとは、要するに過加硫ゴムです。天然ゴムに大量の硫黄を混ぜて分子間に架橋を生むことでカチカチに硬くさせたものです。つまりエボナイトは大量の硫黄を含みます。

ご存知の通り、銀は硫化すると黒くなりますよね。銅も硫化銅になると黒ずみます。14Kニブの場合、重量の57.5%は金で構成されるわけですが、逆に言うと残りは金以外の金属で構成されているわけです。よって、ペン芯がエボナイト製だとニブが硫化して黄ばみます。これがエボ焼けです。オプティマエボナイトペン芯を使う以上エボ焼けからは逃れられません。実際、中古のオプティマの中にはニブがエボ焼けしたものが多いです。エボ焼けが嫌だ!という方は、ロジウムメッキされた銀トリムモデルの方をお勧めします。金トリムのモデルは、遅かれ早かれエボ焼けで黄ばむと思って下さい。

首軸は天冠や尻軸同様、黒い樹脂製です。出来ればここもアウロロイド樹脂で作って欲しかったところですが、特筆すべきはそれよりも、インク窓がどちらかというと胴軸ではなく首軸に付随しているということです。一般に、インク窓はどちらかというと胴軸の中に嵌め込まれる様な形で存在していることが多いのですが、オプティマの場合は首軸後方に嵌められているかの様に見えます。インク窓の直径が、胴軸ではなく首軸と同じ太さなのです。デザイン的にちょっと特殊ですね。

世間ではオプティマは折れやすいと言われますが、この特徴的なインク窓がそれに関与しているのは否定出来ません。キャップをきつく締めるとインク窓付近に強い力がかかってポッキリ折れるとのことです。私は折ったことがありませんので真偽の程は定かではありませんが、確かにネット上では軸の折れたオプティマを頻繁に見かけます。気を付けるに越したことはないでしょう。具体的には、キャップを強く締め過ぎないことを肝に銘じる他ありません。お高い万年筆をポッキリ折ってしまったとしたら、ショック死しかねませんからね。

オプティマと違ってあまり話題に上がりませんが、同じAURORAの万年筆である88もほぼ同じ形状のインク窓を有しています。ならば88も折れやすいのでは...?そもそも88はマイナーであまり見かけないので報告数が少ないだけかもと想像します。勝手な想像ですので、真偽のほどは不明。

また、オプティマはピストン吸入式を採用していますが、ただのピストンフィラーではないのがこれまたアウロラの拘りポイント。リザーブタンクという独自機構を搭載しております。

リザーブタンクとは何ぞや?…早い話が小さいサブタンクなのですが、メインタンクのインクが切れてもリザーブタンク内の予備インクで書き続けることが出来るという代物です。具体的には、尻軸を緩めるとリザーブタンクからメインタンクにインクが流れるようになっているそうです。

うーん、凄いような凄くないような…ぶっちゃけピストンフィラーのインク容量って相当なものなので、別にそこまでしてインクを増やす必要性を感じないんですよね…リザーブタンクのせいでインク洗浄も面倒臭いし…

でも、アウロラさんはドヤ顔でめちゃくちゃ自信満々でリザーブタンクを宣伝していますから、これはこれで素直に凄いなーって思ってあげるべきでしょう。

ちなみに実際にリザーブタンクを使ってみた時の画像がこちら。字が掠れてから尻軸をクルクル回すと、この様にまた字が書けるようになりました。

 

比べてみる

本来この「比べてみる」の目的は購入に当たっての参考になるように比較をすることにあるのですが、オプティマに関して言えば比較対象として適していると思われるものが全く思い浮かびません。オンリーワンな魅力を持った万年筆ですから、これといった対抗馬が存在しないのです。

そこで、ニブを自社製造する会社同士ということで国産3社の万年筆を持ってきました。比較というよりは、オールスター的なイメージです。

左から順にAURORAのOptima、プラチナの#3776センチュリー忍野、パイロットのカスタムレガンス、セーラーのプロギアΣレアロ。

こうして比べてみると、オプティマは比較的小ぶりなボディーであることがはっきりと分かりますね。その分軸が太めです。そしてキャップリングが太く、首軸も長い。

重量は22g、キャップした状態での長さは12.8cmほどです。

 

実際に書いてみる

オプティマのボディーは結構小さめです。実際に持ってみると驚かれるかもしれません。キャップをポストするかどうかは好みが分かれるところ。でも私はポストせずに書く派かな。ペン先の適度な摩擦感のおかげで、キャップポストせずとも字が暴れないんです。

カリカリした独特の書き味と世間では言われていますね。個人的にはカリカリよりもサリサリの方が近いかなと思いますが。

ニブは固めで、しなりません。でもタッチは固すぎず、不快感はありませんね。購入前はプラチナ万年筆に近い書き味を想像していたのですが、実際には喩えるなら、しならないセーラーのイメージ。私はセーラーの万年筆は21Kニブしか持っていないのですが、もしかしたら14Kのセーラーに近いのかも?何れ検証してみたいものです。

字幅はMですが海外万年筆としてはかなり細い字が書けます。国産万年筆だとパイロットよりも細いです。

エボナイトのおかげかは分からないものの、インクフローは適切です。淀みなくインクが出てきます。それでいてドバドバと出過ぎるわけでもなく本当に求めている通りのインク量が供給されてくるイメージです。ペリカンの4001ロイヤルブルーでは少なくともそんな感じ。他のインクだとまた変わってくると思いますが、そんなに悪い結果にはならないでしょう。

 

総評

随所に見受けられる頑固な拘りの数々!細かい!細か過ぎる!細か過ぎてたぶんあんまり消費者に伝わってなさそう!でもそこがイタリアっぽくてイイ!!そして折れやすいとかニブが黄ばむとか万年筆としては難点もいくつかございますので購入前にご注意を!でもそこがイタリアっぽくてイイ!!イタリア万年筆なので見た目が綺麗なのは言うまでも及びません!お値段はお高いけど!擬人化するなら絶対難のある美女っぽいですね!でも好き!貢いじゃう!

Custom Legance エレガンスを纏うカスタム──カスタムレガンス

カスタムレガンスの立ち位置

最近では変わりつつありますが、それでもやはり国産万年筆って仏壇軸が多いです。この仏壇軸に対する拘りは何なんだ…?!と思ってしまうくらいに。…別に仏壇軸が悪いとは言いません。仏壇軸もそれ単体で見れば渋くて中々格好良いと私は思っています。でも1本や2本ならまだしも、ペンケースが全部仏壇軸で埋まってしまったとしたら…私は発狂します。再三になりますが、私は仏壇軸が嫌いなわけではありません。それでも同じような色ばっかりだと飽きてしまいます。仏壇軸が悪いのではなく、仏壇軸ばっかりであることが悪いのです。

↑ペンケースが仏壇軸に占拠されるの図

 

↑理想的な配色を保ったペンケースの図

 

それに対して見て下さい、イタリア万年筆を!アウロラは88の様な渋い仏壇軸の万年筆をフラグシップとしつつもオプティマの様に綺麗な万年筆を扱っています。もうちょっと国産万年筆メーカーもあんな感じの綺麗な万年筆を作れないのかな?

そして、私と同じことを考える方は少なくはなかったのでしょう。必要は発明の母と言います。企業としては消費者の声を無視出来なかったのでしょう。我らがパイロットコーポレーションがこの声に応えました。その結果生まれたのが今回語っていく万年筆──カスタムレガンスです。

イタリア製の樹脂軸に、パイロット製の書き味に優れたニブを搭載。国産万年筆の書き味とイタリア万年筆の優美な見た目を兼ね揃えた最強の万年筆!まさに夢のコラボレーション!日伊同盟だ!それでいてお値段は一般的なイタリア万年筆よりもお安いのですから、人気の出ないはずがないですよね。実際人気で、ネットオークションなどでも未だに高めの価格で取引されています。

そんなカスタムレガンスですが、既に廃盤となっております。人気があったのに何故廃盤となったかといいますと、どうやら樹脂軸が入手困難になってしまったからだとか。イタリア製樹脂軸が売りの万年筆だったのに、その樹脂軸が手に入らなくなってしまうなんて…そりゃ仕方ない…惜しまれつつの廃盤となりました。

しかし廃盤となっても需要が高かったのか、その穴埋めとして最近カスタムヘリテイジSEという万年筆が発売されましたね。カスタムレガンスよりも全体的に色が黒っぽく、深みがある感じの見た目です。個人的には格好良さではレガンスを超えたと思っています。

でもでも、後継が誕生してもカスタムレガンスの魅力は色褪せません。そもそもカスタムレガンスに何か問題があってカスタムヘリテイジSEにバトンタッチしたわけではありませんから、レガンスが依然として素晴らしい万年筆であることに変わりはないのです。

前置きはこのくらいにして、そろそろ本題に入っていきましょう。先程からカスタムレガンスカスタムレガンスと連呼していますが、ひとくちにカスタムレガンスといっても、いくつか種類があります。私が把握している限りではニブの大きさで3種類に分けられます。初代は10号ニブ、2代目は5号ニブ、3代目は3号ニブです。(3代目を同じカスタムレガンスと見做すかは意見の分かれるところだとは思います)3代目に関しては先代モデルとは違い「レガンス89s」という風に名前が変わっているから分かりやすいのですが、初代と2代目は全く同じ「カスタムレガンス」という名前だから実に厄介です。同じ名前なのにニブのサイズが違うので、ネットで手に入れる際は間違えないように気を付けた方が良いです。

ちなみに私が所有しているのは2代目の方。海外だとカスタムレガンスIIと呼ばれているものです。カラーバリエーションはブラック、ブラウン、レッド、ブルーの4色で、私のはブラックです。

「折角綺麗な軸が売りの万年筆なのに黒色なんかい!」というツッコミが聴こえてきそうですが、生憎と私は捻くれ人間ですので、敢えてこういうチョイスをしてしまう癖があるのです。それに、黒は黒でもただの黒ではありません。遠目には普通のカスタムヘリテイジと変わらないただの黒い万年筆。でもよくよく見てみれば綺麗な模様が入っている…こういうの、中々乙だとは思いませんか?

 

見た目について

軸はイタリアから輸入したプロピオネート樹脂。光を当てるとこの様に、美しく輝きます。

黒い樹脂ですが、実は薄く透けています。これはキャップ部分の写真ですが、うっすらとインナーキャップが見えます。光を当てないと分からないレベルではありますが。

直接光を当てないとこんな感じ。暖色の照明下ではこれくらいの色味。意外と白色成分が多いですね。

尻軸はこんな感じ。ベスト型ですので平らです。しかし単に平べったいだけではなく、先端の外周部がまーるく削られ、中心部がぽっこり出る形になっています。これはカスタムレガンスだけでなく、パイロットのベスト型万年筆によく見られるデザインです。パイロットのベスト型万年筆の天冠や尻軸は他社のものに比べると角が丸く削られておらず、尖っているものが多いです。そのため、この様な処理をすることで視覚的先細り感(?)を生み出しているものと思われます。

更に述べるなら、天冠や尻軸が胴軸と同じ樹脂素材で構成されているのも嬉しいポイント。他社製品だとコストカットのために天冠や尻軸を共通部品(ノーマルな樹脂素材)で誤魔化すこともありますが、カスタムレガンスはその限りではありません。しっかりと胴軸と天冠、尻軸が同じ素材で作られています。

クリップはヘリテイジシリーズでお馴染みの剣型。ロジウムメッキが涼しげで素敵。中心付近が細くなることでスラッとした視覚的印象を受けます。剣先の部分は丸くなっていますのでParkerの矢羽クリップとは違って指に刺さってアウチになったり、服の生地に刺さって抜けなくなるようなことはありません。

キャップリングはロジウムメッキで、結構太いです。目立った装飾は無くシンプルですが、銀の指輪のような上品さがあります。軸が派手なので、キャップリングはシンプルなデザインで正解かなと思います。もし派手なデザインだったなら、かなり見た目的に煩くなっていたのではなかろうかと思われます。リングの位置はキャップの端っこで、保守的な日本メーカーとしては比較的攻めたデザインです。初代カスタムレガンスはそうではなかったのですが、カスタムレガンスIIからはこの様に現代的なデザインとなっていますね。(カスタムレガンスのキャップの位置とデザインに関しては他記事で触れているので宜しければそちらをご覧下さい)

kaerupyon.hatenadiary.com

 

キャップリングだけで言えば、カスタムレガンスのデザインは後発のカスタムヘリテイジシリーズよりも先進的です。

ニブはお馴染みパイロット5号ニブを搭載。14Kロジウムメッキ。小さくても充分な性能を持つ大変優秀なニブです。改めて初心に立ち返ってこのニブを眺めてみると、小さいながらも万年筆に相応しい美しさを放っていますね。キラキラした軸にも負けない…否、寧ろレガンスに相応しいデザインにも思えます。パイロットの5号ニブは様々な万年筆に搭載されるものなので当然なのかもしれませんが、性能面だけでなくデザイン面でも汎用性が高いですね。

書き味が素晴らしいことに関しては今更言うに及びません。ニブ全体がしなるのではなく、切り割りが開くことによって筆圧を逃す設計となっており、小さいニブでももっちりした柔らかさを感じられる書き味です。切り割り自体が開くので、筆圧に応じて素直に字幅が変化します。それでいてふにゃふにゃしているわけでもないので筆圧の強い方が使用してもペン先が安定し、扱いやすいです。国産としては比較的摩擦少なめのペンポイントは紙の上をスラスラと進み、止まるべきところでしっかりと止まります。全てが高水準で纏まっており、非の打ち所がない優秀なニブです。

天冠も尻軸も胴軸と同じ素材を使っているカスタムレガンスですが、首軸だけはそうではありません。他の仏壇軸モデルと共通の、真っ黒な樹脂です。私が所有しているのは「ブラック」ですので首軸が仏壇樹脂でもそんなに違和感はありませんが、他の「ブルー」や「レッド」の様な明るめの色の場合はちょっと賛否両論になりそう。イタリア万年筆なんかは胴軸と首軸が同じ素材であることが多いですから、パイロットもやろうと思えば出来たはず…と思うのですがどうなのでしょうか。何か已むに已まれぬ技術的事情があったのであれば致し方ないですが、そうでないならここも頑張って欲しかったところ。首軸はカスタムレガンスの数少ないウィークポイントの1つかもしれません。

吸入方式はカートリッジコンバーター両用式です。パイロット社の誇る大容量コンバーター──CON-70──に対応しておりますので、インク容量で不満が溜まることはほぼ無かろうかと思われます。

 

比べてみる

カスタムレガンスは有り体に言ってしまえば「軸の綺麗なカスタムヘリテイジ91」です。ですから比べるとしたら同じくカスタムヘリテイジ91の亜種的位置付けであるカスタムヘリテイジ92が相応しいかなと思います。今回はこの両者を比べてみるとします。

カスタムレガンスがカスタムヘリテイジ91の綺麗軸バージョンと位置付けられるのに対し、カスタムヘリテイジ92はカスタムヘリテイジ91のピストンフィラーバージョンであると言えます。ピストン吸入機構に加えて、軸が透明軸なのも特徴です。お値段は実売価格だと1万ちょっとで、大変お得でオススメの万年筆です。カスタムレガンスが既に廃盤になっているのに対して、こちらは現在も発売中ですので手に入れやすいのもポイント。これは中々の強敵です。

キャップをした状態だと、カスタムレガンスが13.6cm、カスタムヘリテイジ92は13.7cm。ほぼ同じですね。径も両者ともほぼ変わりませんが、カスタムレガンスの方が若干太いかな。太いというよりは、軸が分厚いというイメージです。実際に重さも結構違い、カスタムレガンスが23gくらいあるのに対してカスタムヘリテイジ92が17gくらい。あとは特筆すべきはキャップリング形状の差異くらいでしょうか。

要するに実際に比較するに当たって有意な違いは、見た目と重さとインク吸入方式、あとは値段。この4点くらいです。

ニブも両者とも全く同じものです。5号ニブのロジウムメッキ。

そういうわけで、綺麗軸が欲しい方はカスタムレガンスを、透明軸のピストン式万年筆が欲しい方はカスタムヘリテイジ92を買いましょう!…という分かりきった結論に至りました。なんともつまらぬ。どちらも買って損はない優秀な万年筆ですので、両方買えば良いと私は思いますけどね!

 

実際に書いてみる

私の所有するカスタムレガンスは中字のM。インクはパイロット純正ブラックインク。

総評

仏壇軸はもう飽きた!でも国産万年筆の書き味が好きだ!…そんなあなたにカスタムレガンス!本場おイタリアのお綺麗なお樹脂軸で、これにはイタリア万年筆ヲタクも国産厨もニッコリ!

Duragraph 蘇ったConklin──デュラグラフ

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デュラグラフの立ち位置

Conklin ──コンクリン。1898年創業。アメリカの万年筆ブランドです。(ちなみにウォーターマンは1883年)かつてはアメリカでも数本の指に入る主要な万年筆メーカーの1つでしたが、1950年代に倒産してしまいました。

それがここ最近になって復活したのが、新生コンクリンです。(最近と言いつつも、新生コンクリンとしては20年くらいの歴史があります。日本語公式サイトなどではこの辺りの事情が説明されておらず、120年間続いていたかの様な書き方がされてるので誤解を招きやすいです)今回はその新生コンクリンの万年筆である、デュラグラフについて語っていきたいと思います。

元々は1923年に発売された本家デュラグラフ。その復刻版がこの万年筆です。コンクリンといえば風変わりな吸入方式が有名ですが、こちらは両用式です。新生コンクリンの現行ラインナップは何れも復刻版であったり過去のペンを踏襲したものとなっており、両用式からクレセントフィラーまで、低価格帯を中心に展開しています。

正規輸入代理店のサイトから引用すると

Durable(永続性)とgraph(図表)から組み合わせたネーミングと共に1923年に発表されたデュラグラフ・コレクションが厳選されたこだわりのクラシックな色目の素材と共に甦ります。当時を彷彿とさせてくれる、存在感あるボディーは心地よい書き味を約束してくれます。

とのこと。

このペンの凄さはそのお安さにあります。お値段ですが、私がアメリAmazonで購入した際は50$もしなかったはずです。国内でも7000円から1万円台前半程度で売られている様です。正規輸入代理店だとFニブのみで国内定価は税抜12000円。カラーバリエーションはクラックアイス、フォレストグリーン、アンバー、アイスブルー、オレンジナイト、レッドナイト、パープルナイトの七色展開。

安価でありながら中々に綺麗な見た目の万年筆が手に入るというのがこのペンの最大のセールスポイントであり、それでいてスペック上何かが犠牲になっているということもありません。充分過ぎる大きなペン本体に、キャップを外した状態でも充分な重量、(キャップをしなければ)適切なバランス、平凡ながらも必要充分なニブ、分厚い胴軸...特別光る部分があるわけではないものの、全てが平均レベル以上に纏まっており、特にこれといった不満点が存在しません。値段を考えれば驚異的であるとすら言えます。

こんなに凄いのに、日本ではあまり存在感が無い...そんなコンクリンのデュラグラフ、詳しく見ていきましょう。

 

見た目について

私が所有するのはデュラグラフの中でもForest greenという色のもの。イメージとしては、恐竜が潜んでいそうなシダ植物の大森林という感じ。Jurassic greenに改名した方が個人的にはしっくりきます。目に優しい色でありながら、光を反射して綺麗に光ります。このペン、細部を見れば多少の荒はありますがこれだけでも値段以上と言ってしまって良いでしょう。普段の落ち着いた緑色も良いですが、光が当たった時のこの輝きも素晴らしい。

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樹脂軸は綺麗であって欲しいものではありますが、いつもきらきらと輝いていれば良いというものでもないと私は常々思います。常に手元が輝いていては、書き物をする時にペンが意識に入ってきてしまいます。

無論趣味として使う分にはそれでも良いのかもしれませんが、あくまで実用品と見なすなら普段はそっと傍に控えていて欲しいのです。それでいて、ふと疲れた時に光にかざすと輝いてくれる...このメリハリが大事です。普段は地味でも良いから、ここぞという時に輝けばそれで良いのです。私はこの緑色が何とも乙に感じられます。平安貴族風に言うなら、いとあはれ。クラスの地味な女の子が、休日に見かけると私服で凄く可愛かった...みたいな感じ。

ちなみにドルチェビータの様な綺麗な万年筆と隣り合うようにペンケースに入れておくと、お互いがお互いを引き立てあう様に思われ、個人的にオススメです。

濃い緑色も相まって概観としては非常にレトロな雰囲気が漂っています。実際に百年前の万年筆のデザインを踏襲しているのでレトロで当たり前なのですが、具体的にどの辺りがレトロなのかと問われると難しいですね。

思い付く限りを挙げてみると、1つ目はクリップ。根本から先端に行くにつれ細くなり、最後は丸みを帯びた形状になっています。これはパイロットのカスタムシリーズの雨垂れクリップに少し似ていますね。最近の主流はそのままの太さのクリップを真っ直ぐに下ろしてくるか、適度な曲線を作るかのどちらかであると私は思っているので、これはレトロポイントその1ですね。


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2つ目はキャップリング。細い。私が今まで見てきた中で一番細いかもしれない。この細さが、古のキャップリングの太さでペンの高級さを区別していた時代の名残を感じさせるのです。

そしてこのキャップリングの位置もデザインの印象上重要な意味があります。詳しくは以下の記事をご覧いただきたいのですが、ここで簡潔に纏めるなら、キャップリングの位置がキャップ端よりも内側になっているのがレトロさを感じさせるポイントです。

 

kaerupyon.hatenadiary.com

 

そして3つ目に、全体的なフォルム。デュラグラフのキャップや胴軸は、何れも太さがあまり変化せず、棒の様になっています。 デザイン重視の洒落乙な万年筆ならば兎も角も、一般的な万年筆ではこの様な真っ直ぐな軸を持つことは少ないです。バランス型とかベスト型とか言われているものも、どちらも軸中央が太く端に行くにつれ細くなるという基本は変わりません。それに現代ではこういう棒の様な形にする場合は細いのが一般的ですが、こいつは太い...この点もまだデザインが成熟しきっていない時代の雰囲気を感じさせます。

ニブはステンレスですが、穂先が長いのもあって鉄ペンとしては柔らかい部類ではないかと思われます。もしかしたら、この大きな三日月型ハート穴も関係しているかもしれませんね。ニブにはConklin,TOLEDO,U.S.A.と刻印されています。

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字幅はニブ側方に記載されており、このペンの場合はFです。

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ペン芯は波々としたちょっと複雑な形状をしています。このペン芯、モンテベルデと同じものです。コンクリンとモンテベルデは親会社が同じ(Yafa pen company)なので、グループ内でニブとペン芯を共通化してコスト削減している模様です。

ちなみにYafaはコンクリンやモンテベルデの他、マーレン、マイオーラ、ピナイダー、スティピュラ、ディプロマット、ネットゥーノなどのブランドも従えている様です。更に、万年筆ヲタクならみんな知ってる「シュミット」もYafaの傘下。

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このペン芯──もしかしたらニブの個体差かもしれませんが──表面張力高めのもちもちしたインクと相性が良くありません。購入時に付いてきたインクカートリッジだとインクフローが渋くて渋くて…その後ペリカンのインクを入れてみるもそれも渋くて…結局パーカーのブルーブラックに落ち着きました。

パーカーやパイロットの様なさらさら系のインクでないと、中々インクが出てきてくれません。(逆に言うと、さらさら系インクなら問題ないです)

天冠は黒い樹脂製でまっ平ら。Conklin Est.1898の文字が白文字で書かれており、中々のお洒落ポイント。ただしこの文字、おそらく摩擦に弱いと思われるので出来るだけ擦らないようにしませう──と言いつつ、この部分の手触りがすべすべしていて気持ち好く、ついつい撫でてしまいます。

そしてお次は細~いキャップリング。金属製の細いリングが樹脂と樹脂の間に嵌め込まれているのですが、これもこのペンをこのペンたらしめる部分ですね。写真だと判りづらいですが、少しだけぷっくりと膨らんでいます。レーザー彫刻でConklinの文字。

その裏には三日月マークに囲まれる形でDuragraphとあります。

比べてみる

この万年筆の比較対象って、非常に難しいです。低価格で綺麗な樹脂軸が楽しめる万年筆という特徴を鑑みると、私の足りぬ了見では中華万年筆くらいしか候補に上がりません。(でも私は中華萬は買わない主義なので…)

仕方ないので、このブログ本来の趣旨とは逸れますが同じグループ企業であるモンテベルデの万年筆と比較します。モンテベルデのレガッタです。

長さは大体同じくらい。デュラグラフが全長139mm、レガッタが141mm。重さは真鍮ベースのレガッタが圧倒的に重いですが。


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どちらも万年筆としては中々キワモノなので、比べようにも何も比べられないですね...共にオンリーワンな見た目をしています。

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ベースとなるニブの形状は同じ。Jowoですね。


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ペン芯も同一ですね。


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この二つの万年筆、ニブもペン芯も同じなのだから書き味も同じであるべきなのですが、万年筆自体の重量や字幅の違いのせいで書いていて受ける印象がかなり異なります。ここが万年筆の面白いところだと言えるかもしれません。

 

実際に書いてみる

前述の通りペリカンの4001シリーズとは相性が悪いので、今回はパーカーのブルーブラックを使用しています。FニブでインクはParkerのQuink ブルーブラック。

ちなみにこのペンはキャップポストしようと思えば出来なくもないですが、尻軸のリング位置の関係上、キャップを深く嵌めることが出来ません。そのためしっかり嵌めても18cm弱の長さになり、恐ろしく扱いづらくなります。よってキャップポストはせずに書くことをオススメします。ちなみにこの状態での重量実測値は付属のコンバーターでインク満タン時で14.5g。比較的軽めです。

ニブは穂先が長いので鉄ペンとしてはよくしなり、柔らかいです。ただし鉄ペンであることには変わりないので、このしなりを体感するにはある程度の筆圧をかけてやる必要があります。インクフローはQuinkを入れている限りは潤沢。海外の鉄ペンとしてはオーソドックスな摩擦感の少ないペンポイントです。適度に柔らかく、適度にインクが出る、万人受けのする、嫌いな人は少なそうな書き味です。筆圧高めの初心者にも勧められ、書き味にうるさい玄人も納得させられる...元は色んな万年筆に搭載するために大量生産している汎用性の高いニブなだけあって、本当に良くできています。

 

総評

百年の時を越え、現代に蘇ったコンクリン万年筆!隠しきれないレトロな匂い!全てが平均点以上に纏まった必要充分な性能!綺麗な軸も楽しめます!!

雑記 キャップリングの位置から見るデザイン思想の変遷。そして国産万年筆の保守性。

万年筆のデザインについて、少し気付いたことがあります。それは、デザインという点に於いてキャップリングの位置が万年筆の印象を大きく左右するということです。普段あまり気にしない部分ですが、キャップリングの位置には明確に時代ごとの傾向がある様に思われます。(もしかしたら皆様周知の事実かもしれませんが、私は今気付きました)

気付いたきっかけはConklinのDuragraphです。私はこのペンのキャップのデザインにずっと違和感を感じていたのですが、その理由を上手く言語化出来ませんでした。それに今更ながら結論が出たのです。即ち、Duragraphはキャップリングが非常に細いのですが、これがキャップの端からかなり離れた部分にあるのが違和感の正体でした。キャップの端からキャップリングまでの部分があまりにも長過ぎるのです。

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↑ConklinのDuragraph。元々は1923年に発売されたものの復刻版。キャップリングが細く、かなり内側にある。

 

それに伴い、比較的新しくデザインされた万年筆は大抵キャップリングがキャップの一番端に存在することにも気付きました。現行モデルに限るなら例えば、Twsbiは全てそうだし、ParkerはDuofold以外の全て、PelikanはM101N以外のスーベレーン及びクラシックシリーズの全て、Watermanも全てそうです。

Duofoldは昔からのデザインを踏襲しているし、M101Nは古いモデルの復刻版ですから、どちらも「キャップリングの位置とデザイン思想の新旧には相関性がある」という仮説を後押しする良い例になると私は考えています。

では、逆にキャップリングがキャップの端から離れた場所にある万年筆の多いブランドを挙げていきましょう。先ずはモンブランモンブランはマイスターシュテュック146や149などが代表的なペンですが、どちらもキャップリングがキャップ内側に存在しています。マイスターシュテュックシリーズはかなり古くからあるモデルですので然もありなん。

反してスターウォーカーや限定モデルなどの新しいモデルは、マイスターシュテュックをベースとしない限り基本的にはキャップ端にキャップリングがあります。また、廃盤でも#12や#22の様な万年筆は50年代や60年代のものですがキャップ端にあるので、モンブランはこの頃には既にキャップ端にリングを置く設計思想に移っていたと考えられます。

ちなみに先程のParkerだとParker 51の頃には既にキャップ端にリングがあるので遅くとも1940年頃にはそうなっていたと考えられます。

そして問題は国産三社。パイロットもプラチナもセーラーも、キャップリングが端にないモデルの多いこと多いこと。これはモンブランのマイスターシュテュックにデザインの影響を受けているのが要因でしょうが、それにしても未だにこの三社はこのデザインが主流ですから海外メーカーと比べるとデザインがかなり古い。海外メーカーだと1900年代中頃辺りから廃れていったデザインが、国産メーカーでは未だに現役なのです。

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↑国産三社の一般的なモデル。何れもキャップリングがキャップ端にはないことが分かる。

 

パイロットの場合、ショート万年筆であるエリートシリーズなどはキャップ端にキャップリングがありますが、主流となるシリーズはずっとキャップ内側にありますね。PILOT 65、PILOT 67、PILOT 70、カスタムシリーズ(初期のものを除く)など。カスタムシリーズの初期のものはインレイニブを採用していましたがこれはキャップリングが外側にありますから、翻って、インレイニブでないモデルについてはずっと同じデザイン構文を適用してきたのでしょう。

私の知る限りこれに新しい風が入ってくるのはカスタムレガンスの二代目から。2007年くらいかな。カスタムヘリテイジ91が2009年でそれに続きますが、これはキャップリングが内側にある古いデザイン傾向の系譜上にあります。(ヘリテイジシリーズは若者をターゲットにしていたので、目的を考えれば本来はキャップリングを外側にすべきだったのかもしれません)

ちなみに2011年発売のカスタム一位の木、2013年発売のカスタム槐、2019年発売のカスタムNS、2021年発売のカスタムSEなど最近発売の万年筆は(伝統的な漆塗りシリーズを除いて)殆ど新しいデザイン思想が採用されており、今ではキャップリングがキャップ端にあるデザインに置き換わりつつあります。海外から後れること半世紀、パイロットはようやく新しいデザイン構文を採用するに至ったわけです。

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パイロットの革命児?

 

ではプラチナ万年筆はどうでしょうか。こちらは基本となる#3776シリーズはキャップリングが内側にあります。現行のセンチュリーは2011年発売。しかし2010年発売のプレジールは外側にあり、この辺りが過渡期だったと思われます。2018年発売のプロシオンなど、新しい万年筆はもうキャップリングが外側にあるのが当たり前になっていますので、プラチナもパイロットと同時期に新しいデザインの価値観を受け入れたということなのかもしれません。

最後にセーラー。セーラーは国産三社の中でも特に頑固で、デザインが古めかしいことで知られます。しかしそんな頑固セーラーでも、ここ数年はかなりデザインが新しくなりつつあります。2003年発売のキングプロフィットやプロフェッショナルギアはキャップリングが内側ですが、その数年後に発売されたプロフェッショナルギアKOPはキャップリングが太くキャップ端にあります。(あれ?もしかしてセーラーが一番先進的だった?)

以上の様に、キャップリングの位置という1つの物差しで見ていきましたが、国産万年筆メーカーは何れもデザインが海外に比べ保守的であり、10年ほど前からようやく変わり始めたという時代の流れが垣間見えました。

以前から国産万年筆メーカーはデザインが古いとかダサいとか散々言われ続けていたわけですが、それもあながち間違いではなく、キャップリングの位置という基準だけで語るなら(辛辣な言い方をすると)半世紀近く世界から取り残された骨董品だったわけです。10年ほど前からこの流れが変わり始めたのも、国産各社の危機感の表れでしょう。腰が重過ぎるよ...

これはあくまで私見ですので、別の尺度で測ればまた違った景色が見えるのかもしれません。しかしながら少なくとも私の目にはこれが日本社会の停滞を象徴する様にも思え、哀しくなります。

一応国産メーカーを弁護するために言っておくと、イタリアなんかも割とデザインが古めかしい傾向にありますね。(それでも日本よりかは先進的ですが...)

 

要するに

少々辛口になってしまいましたが、決して国産メーカーを貶したいわけではありません。個人的に国産メーカーに最も足りないのはデザインであり、逆に最大の強みは書き味と品質だと思っています。つまりデザインが垢抜ければ海外万年筆なぞには引けを取らないだけのポテンシャルがあるのです。今国産メーカーは変わりつつある途上。是非とも現状に胡座をかかず、デザインを洗練させていって欲しいと思います。

若造の過ぎたる意見としては以上です。ご清聴ありがとうございましたm(_ _)m

Carene DX Silver Chiesel 銀の可憐な万年筆──カレンDXシルバーチーゼル


カレンの立ち位置

ウォーターマン(Waterman)といえば、万年筆の本家本元。元々万年筆を生み出したのはエドソン・ウォーターマンというアメリカ人で、その彼が設立したのがウォーターマン社。つまりウォーターマン社は最古参の万年筆メーカーなわけですね。

今では老舗オーラを漂わせている、かの有名なパーカー(Parker)だって、元々はウォーターマンの後追い企業の1つに過ぎなかったのです。

つまり航空機製造会社で喩えるなら、ウォーターマン社【1883年設立】はライト社【1909年設立】みたいなもの。ウォーターマン目線で見ればパーカー【1888年設立】なんて、ぽっと出のカーチス社【1916年設立】みたいなものです。(世界広しといえど、万年筆会社を航空機製造会社で喩えるのは私くらいだろうという自信があります…)

…寄り道になりますが、この喩えを当てはめるなら、モンブラン1906年設立】はメッサーシュミット社【1926年設立】、並木製作所ならぬパイロット【1909年設立】は川西飛行機【1928年設立】とかでしょうか。

こうして見ると、万年筆と航空機はどちらも比較的近い時期に普及したことが分かりますね。万年筆から約20年遅れで航空機も普及していったと考えることが出来ます。

ウォーターマン社はアメリカ法人は倒産してしまい、現在認知されているのは当時の元フランス法人です。航空機の本家本元であるライト社も経営が上手くいかず、合併やら買収やらをされ、後のロッキード・マーティン社になりました。つまりこの喩えを続けるなら、現在のウォーターマン社はロッキード・マーティン社に当たるわけです。

…失礼致しました。本題に戻りましょう。ウォーターマン社の中でも、フラグシップはエクセプションというペンで、このカレンというペンはそれに次ぐ2番目に高級なモデルという位置付けとなります。

最大の特徴は、ひと目でカレンと判るその独特な見た目。指の爪の様な形の18Kニブ、斜めにカットされた尻軸、流線型のキャップ。明らかに他の万年筆とは違う異彩を放っています。

通常のモデルは真鍮をラッカー塗装した軸ですが、廃盤も含めるとこの軸部分は様々な素材のバリエーションがあります。私が所有するモデルは、カレンDXシルバーチーゼルというもので、胴軸とキャップが真鍮にシルバープレートを施され、ニッケルパラジウムコーティングされたものとなっています。更に波紋型?の模様が彫られており、これのことをチーゼルと呼ぶ様です。

この万年筆に関しては海外サイト含めネットで調べても中々情報が出て来ず、謎が多い…国内は更に流通量が少ないので、日本語の情報となるとショッピングサイトくらいしかありません。(詳しい方、是非色々と教えて下さい>⁠.⁠<)

 

見た目について

前述の通り、ここで取り上げるのはカレンの中でもカレンDXシルバーチーゼルというモデルです。通常のカレンとは大きく異なりますので、その点ご了承の上でご覧下さい。

先程「真鍮にシルバープレートを施され、ニッケルパラジウムコーティングされたもの」と表現しましたが、これは要するに真鍮銀張りニッケルパラジウムメッキです。銀張りは分かるのですが、ニッケルパラジウムメッキというのは他では見ないですね…調べてみたところ、金メッキの下地や電子部品などに使われるメッキだそうですが、今回何故この万年筆に使われているのかはよく分かりません。銀の硫化防止目的でしょうか?どうやら硬くて耐摩耗性に優れ、錆びずに見た目にも美しいので装飾品にも利用されている様です。銀の様に硫化もしませんしね。

クリップはシルバープレートのみとのこと。Wのウォーターマントレードマークが付いています。横から見ると中々に優雅な曲線美。軸の模様も相まって、ウォーターマン的エレガンスを感じます。

クリップの真ん中には縦長の穴が空いています。ウォーターマンはこのデザインを好むイメージがあります。耐久性には問題無いですし、オシャレで良いです。

天冠は新幹線の鼻みたいに丸みを帯びていて、バランス型に準ずる形状です。

キャップは胴軸と同じ素材です。ベースは真鍮ですので、キャップだけでも結構ずっしりと重たいです。嵌合式で、パチンと非常に小気味好く締まります。これは首軸上部に2ヵ所ある爪によるもので、安定性や気密性はしっかり確保されています。

キャップリングはかなり細くてシンプル。WATERMANの文字が彫られていますね。この裏には小さくFRANCEと刻まれています。別部品が嵌め込まれているわけではないので、軸と素材は同じと思われます。

リングが細いため、この文字も目視だと結構小さいです。そのため気付かなかったのですが、このWATERMANの文字の部分、写真をよく見るとコインのギザギザの様なものが刻まれています。(ブログのおかげで得られた気付きです)

胴軸はこの様に波の様な模様が彫られています。所々塗装が剥げてか錆びてか黒くなっていたりします。ここは銀無垢にして欲しかったところ。

個人的には、塗装とかメッキとかはいずれ剥げる運命にあるので好きではありません。万年筆はそれこそ何十年と使える道具ですから、古くなっても劣化しないことが重視されるべきというのが個人的意見です。

あともうひとつ、この塗装の問題点として、指紋が付きやすいというのがあります。鏡面仕上げ(?)みたいになっているので、大変指紋が目立つのです。その分、純銀よりもキラキラしていて綺麗ではあるのですが。

尻軸は丸みを帯びつつも斜めカットになっていて、真ん中には黒い樹脂が埋め込まれています。パーカーの万年筆だと、大抵こういうところにこっそり分かりづらく穴が空いていて子供の誤飲対策になっていたりするのですが、この万年筆の場合はそうではない様です。単なるデザインでしょうか。

胴軸と首軸の間のネジ溝にはゴムパッキンが付いていて、中々良い締め心地。胴軸と首軸の間は緩くなりやすいので、この部分のゴムパッキンは地味ながらかなり重要だと思っています。工作精度も高い様で、キイキイ言うこと無くスムーズに回ります。ウォーターマンさん、ナイス!

しかし問題は胴軸が薄いこと。外見的には全く関係ないですし、ペンの軽量化にも繋がるので必ずしも悪いことではないのですが、丈夫さという観点ではこの薄さは悪く働いてしまいます。金属製の軸は、薄いとぶつけた時に凹んでしまいますからね。特にキャップの歪みは致命的で、最悪締められなくなる可能性もあります。

ぶつけなければ良いだけの話なのですが、やはり万が一落としてしまった時などに安心感が違います。まあ、このモデルに限って言えば、銀張りのおかげか二重構造になっているので真鍮ラッカー塗装軸なんかに比べると丈夫だと思います。

ニブは縦方向が短めで、見るからに固そう。ロジウムメッキで、18K。金ペンですが、およそ柔らかさは感じられない真のガチニブです。

形状は独特ですが、その分装飾はシンプルで、ウォーターマンのマークの他には18K 750と彫られてあるだけ。ハート穴はありません。ウォーターマンはハート穴の無いニブが多いですね。

インレイニブらしく、字幅はニブではなく裏側の部分を見れば確認出来ます。(これ、古い万年筆だと擦れて見えなくなってしまうので厄介ですが…)その下には空気穴が空いています。

ペンポイントはかなり出っ張った形状です。後述しますが、ニブが短いことにより本来生じたであろう筆記角度の狭さという欠点はこの形状によりある程度補われています。同時に、この万年筆の固い書き味はこのペンポイント形状にも影響されていると思われます。こちらも後ほど詳しく説明します。

 

比べてみる

同じ18Kインレイニブで、銀軸といえばパイロットのシルバーン。同じ銀軸インレイニブ代表としてシェーファーのタルガ1010Xにも登場してもらいましょう。今回はこの2本と比べていきます。

上から順に、シルバーン、カレン、タルガ1010X。3本とも、銀色のインレイニブ万年筆という特徴があります。重量は上から34g、31g、27g。全長は14.3cm、14.5cm、13.6cm。胴軸径は1.3cm、1.2cm、1.1cm。

こうして比べてみると、カレンのキャップリングがかなり細いことが分かりますね。

キャップを取った状態でも、カレンがほんの少しだけシルバーンより長いです。

ニブは左から18K、18K、14K。シルバーンのニブが非常に大きくて迫力がありますね。カレンとタルガは小さめのニブながらも、それぞれこだわりのデザインでオシャレです。

 

実際に書いてみる

このカレンはFニブで、インクはウォーターマン純正のブルーブラックをインクカートリッジで差しています。

Fニブですが、ウォーターマンとしては比較的太め。(誤差レベルですが)

カレンはニブが固いのでガシガシと書き殴るのに向いています。向いているというか、必然的にそういう用途になってしまいます。重たく太くて小回りが効かないので、繊細な字を書くのにも向いていないのです。ニブもガチガチで、しなることもスリットが開くこともありませんので筆圧で字の太さが変わることはありません。

また、インレイニブ共通の欠点ですが、特にカレンはニブが縦に短いので、首軸を持つ方──この万年筆を使う殆どの方がそうだと思いますが──は持ち方によっては手で隠れてしまってペン先の視認性が悪くなります。特殊な持ち方をする人は要注意。

そしてもうひとつ。インレイニブなのにニブが短いことによる弊害がもうひとつあり、寝かせ気味に書くとペンポイントよりもニブの裏の部分の方が紙に近くなってしまいます。つまり、寝かせ過ぎると書けません。これは軸の後ろ側を持って書く方には致命的です。許容角度が狭いのです。(まあ、これが問題になるのは余程寝かせて書く方だけだと思います。一般的な筆記に於いては問題にならないレベルです)

これはニブが短いというよりかは、正確には首軸の黒いニブ裏の部分に対してニブの出ている長さが短過ぎるのが原因です。カレンのニブは、ペンポイントをぐいっと下に張り出すことによってこの点を補っていますが、もしペンポイントがこの様な形状でなかったとしたら、私も困ったことになっていたかもしれません。(筆記角度が狭くなるという問題はあらゆるインレイニブの万年筆に共通しますが…)

そしてカレンの書き味の固さは、少なからずこのペンポイント形状が影響している気がします。折角の18金ペンなのに、下手な鉄ペンよりも固いこの書き味…個人的には何だか勿体ない気がします。もう少しニブの穂先を伸ばして、ペンポイントの形状を変えるだけでもだいぶ柔らかくなるだろうに…

まあ、みんな違ってみんな良いってやつでしょうか。全ての万年筆のニブが柔らかかったら、それはそれで飽きそうですし。

それにウォーターマンの万年筆は総じて字幅が(海外万年筆としては)比較的細めで、結構細い字が書ける傾向にあります。単純に考えるとこの万年筆は漢字筆記にはあまり向かないはずなのですが、字は細いので慣れれば意外と良い感じに使えちゃいます。ペンの取り回しが悪いだけであって字幅自体は細いですから、物理的には綺麗な小さい字を書くことも可能です。この万年筆を実用品として見ると、日本語筆記に於いては正直かなり問題点が見受けられるのですが、そこら辺は愛でカバー可能なのです。

また、一般的にこういう固いニブは固い代わりにペンポイントが滑りやすいように調整されていることが多いのですが、カレンは比較的摩擦感のある書き味です。日本の万年筆と比べれば摩擦感は少ない方ですが、海外万年筆で尚且つこんなに固いニブであることを考慮すれば、かなり摩擦の多い部類だと言えます。この点がカレンの独特な書き味の一端を担っています。

この摩擦感ですが、寝かせて書くと顕著に表れます。筆記角度によってもかなり印象が変わりますね。立てて書くと減るので、やはり私の筆記角度がウォーターマンの想定から外れているのでしょうか…?

ここからは私の勝手な憶測ですが、敢えてこの様な書き味にしたのはボールペンに似せるためかと考えています。ボールペンって、固くてカリカリしてますよね。国産ボールペンはかなり滑らかに書けるものが多いですが、海外のものはお世辞にも滑らかとは言えないものが多いです。それに近い書き味を再現したかったのかな…?かなりボールペンを意識した結果がこの書き味なのではなかろうかと。個人的な憶測の域を出ませんが…

試しにボールペンと比べて見たところ、クロスの油性Fと丁度同じくらいのカリカリ感でした。国産ボールペンだと、ジェットストリームの0.38よりは滑らかで、0.7よりは摩擦があります。

↑偶然か必然か、海外油性ボールペンと同じくらいの書き味でした。

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↑勉強なんかには丁度良いかも。

 

総評

カレンはめっちゃ尖ってるゴー・マイ・ウェイな万年筆!一風変わった万年筆を求めているあなたに!書き味はボールペンに似ていて、初心者の方にオススメかも!?でもニブが固いので、柔らかい万年筆を求めている方にはオススメ出来ません!